僕が”「生長の家」は変わったな”、と思った瞬間。

以前、この記事を書きました。

 

ここで書いているように、『生命の實相』を読んで行こうと決めた時の状況は、写真映像のように今でも覚えています。

そして、この標題にある、”「生長の家」は変わったな”と思った瞬間もまた同じく写真映像のように覚えています。

それを分かった時のその瞬間が、今でも映像のように脳裏に焼き付いているのです。

 

・・・このことは書かないでおこうと思っていました。

「生長の家」に対するネガキャンと捉えかねられないですからね・・・。

また私は信徒になったこともないのに、こんなことを書く資格はないだろう、と。

 

しかし今回書こうと思った理由。

それは、これは非難ではなくて相違だということ。

その点を紹介するだけでも誰かの何らかの参考にはなるかもと思ったからです。

 

それでは行ってみましょう。

 

 

 

 

今から12年ほど前でしょうか(もうちょっと前かもしれません)。

『生命の實相』を毎日読もうと思い立った後、そういえば最近の「生長の家」での教えはどうなんだろうと思いネットを検索しました。

すると、”日々の祈り”があった。

これはいいと思って、今後日々一祈ずつ読んで行こうかなと思いました。

『生命の實相』”日々の祈り”、両輪で行こうと思ったわけです。

音声もあったので聴きながら読んでみようと思い、どのお祈りであったかは覚えていませんが、一つ選びました。

スタートして落ち着いた女性の声が流れてきました。

 

 

・・・どうも違和感があったのです。

”あれっ、何だろうな、これは谷口雅春先生が書かれた文章なのかな。”

初めから違和感があった。

”何かが違うぞ、この文章は。”

自分の中ではお祈りとあるからには、谷口雅春先生が書かれている文章に違いないという固定観念があったのです。

それで、そのお祈りを閉じて、他のものを選んで聴いてみました。

 

休日のお昼すぎ、ちょっとかすんだ日差しが部屋の中をほのかに明るくしていました。

今は引っ越しましたが昔住んでいた二階の勉強部屋机の上、でっかいモニターの上に映し出されたその文章を聴きながら読みながら、突然理解したのです。

 

”これは雅春先生の書かれた文章じゃない。”

 

なぜかその瞬間大きなショックを覚えました、”「生長の家」は変わった。”と。

これが「生長の家」の変化を私がリアルに実感した瞬間です。

 

お祈りというからには毎日お祈りしたい、だから”日々の祈り”です。

その毎日お祈りする「生長の家」のお祈りが、私には違和感があった・・・。

”これが今の「生長の家」のお祈りなんだ。”

 

誤解して欲しくないのですが、谷口雅宣先生の書かれているお祈りを否定する気はありません。

谷口雅春先生のみ教えに慣れ親しんだ私には”合わなかった”ということです。

そしてそのお祈りをこのようにネット上に乗せているということは、自分には合わない「生長の家」になったということでしょう。

 

私は今、「真理の吟唱」を日々読んでいますが、そのお祈りの素晴らしいこと・・・。

毎回絶句、しばし沈考、そして感嘆の嵐・・・。

言い方が悪いのを承知で言いますと、あきれます、すごすぎて(笑)。

それほど私の胸に深く重く強く訴えてくるのです。

やはり、谷口雅春先生の御文章が自分には一番合っている。

 

 

 

 

私は新日本プロレス観戦が好きなのですが、ここ10年間でスターになった選手にはそれほど魅力を感じません(内藤哲也選手がプロレス観戦の世界に自分を呼び戻してくれたことは以前述べました)。

しかし、それでもその選手を好きな人はたくさんいる。

その選手を好きになってプロレスファンになった人はたくさんいるし、今もその人のファンでいる人がたくさんいる。

それは単純にその人がその選手に魅力感じたから、そして感じ続けているから。

その事を自分が魅力を感じないからといって否定することはできません。

もちろん今の時代に昔の偉大な選手の試合をリアルタイムで観ることはできませんが、ネットでいくらでも昔の映像を観ることはできます。

そこで感じ入り、今の選手と比較したりして価値観が違ってくることもあるでしょう。

それによって、今好きな選手の良さを再認識するかもしれないし、昔の偉大な選手の凄さに目覚めるかもしれない。

その受け止め方は人それぞれ。

 

プロレス界と宗教界を同等に比較することは無理でしょうが、私はそんな風に考えています。

ただ、私は自分が信徒になったことはない。

ですからこのように気楽な考えができるのかもしれません。

もしこの記事を読んで不快に思われた方がおりましたら、お詫び申し上げます。

しかし、いい加減なことは述べたつもりはなく、事実として私が感じた時のことを述べさせて頂きました。

私は自分が正しいと信じることを真摯に伝えて行くことしかできない・・・。

今後も拙いブログですが、自分が考える良い人生の送り方、紡いで参ります。

 

内藤哲也選手の凄いところを書きました。

「真理の吟唱」は本当に大好きです。


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