死んだ後も、僕らは僕らであり続ける。

以前紹介しました、年間1000万PVを誇るHP「No Second Life」を運営されている立花岳志(たけし)さん

管理人注:下画像、立花さんです。

 

私は以前から、この方の記事を読んで、単なるお金儲けとかとは違う、人生を真摯に生きる姿勢、他人の喜びを増幅させることで自分の人生を充実させる姿勢を感じていました。

もちろん、決して禅僧みたいな生活をされている訳ではないですよ。

所謂、俗世間的享楽、普通にたくさん楽しまれています。

でもね、なんていうのかな、”いやらしさ”がないんですよね(立花さん、偉そうなコメントどうもすみません)

何でだろ・・・。

 

 

 

今回紹介します、この記事。

ここに、立花さんが抱かれている死生観が述べられています。

”ああ、この思想が彼の心の奥底に根付いているのか・・・。”

ちょっとうれしい衝撃を、この記事を読んだ時正直私は覚えました。

”この死生観が彼のブログ記事の根幹にあるのだな。”

ご本人は意識されていないかもしれませんが、私はそう理解しました。

 

立花さんはここで、”魂”と”肉体”を明確に区別されています。

そして”魂”が、この世で”肉体”を卒業することを”死”としてとらえられている。

”この世界に使命をもってやってきた魂が、この世界での仕事を終えて、魂の世界へと戻る。”

と形容されている。

つまり、この世とは”学校”みたいなもの。

学びの場。

だから、学校を卒業して、社会人となって行くように、吾々もこの世という学校を卒業して、また新たな場、さらなる世界へと進んで行くのです。

 

 

 

一つ前の記事で”100%カラダにいい食品”を紹介しました。

そもそも、なんで健康でありたいのだろう?

長生きしたい、ツライ思いをしたくない、もちろんそれはそうですが、そんな自己中心的な気持ちを飛び越えてみると、もっと大きな意義・使命が見えてくる。

それは、この世での使命を最高のコンディションで遂行したい、ということ。

つまり、生あるうちに、一人でも多くの人の幸せ作りに貢献したい、ということ。

だから、心身共に健康であることが欠かせない。

 

このブログでも再三話題にしております、過度の飲酒、不倫といった非健康的、非道徳的行為。

こんなことをやっている自分、何で責めるのだろう、何で自己嫌悪に陥るのであろう。

そこには”魂”の自分のささやきがあるんじゃないですか。

”こんなことをやるために自分はこの世に生まれてきたんじゃない。

この肉体を使っているんじゃない。

俺は、私は今、貴重な”生”の時間を無駄使いしているぞ。

いかん、いかん・・・。”

そんな想いがきっと、心の奥底にある。

だから悪癖、悪行を繰り返すかぎり心の平安は取り戻せない。

本当の心の平安を得ようと思うならば、自分の魂が心から喜べるような想いと行為で人生を満たすしかないのです。

 

 

片岡鶴太郎さんが言われていました。

”神様からお借りしている、いずれ神様にお返しするこの身。

お返しするその時まで、感謝してありがたく使わせて頂きます”、と。

 

本当の吾々は、”肉体”じゃない、”魂”なんですね。

”肉体”は借りの住まいに過ぎないんです。

だから”死んだ”後も、僕らは僕らであり続ける。

”魂”として、相変わらず”生き”続ける。

肉体がないだけでね。

超ポピュラー・ブロガーの立花岳志さんはそう思っておられるようだ。

僕も、そう思ってます。

魂をもっともっと、もっともっと磨いて行こう。

楽しくね。

 

立花さんの死生観。ぜひ読んでみてください。

立花さんの新刊、ブログで紹介しました。


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