最近仕事が楽しくなってきたり、幸せ感に包まれている理由。

先週は仕事が多忙を極め、ブログの更新を怠ってしまいました(苦笑)。

さて、多忙を極めながらも最近は仕事をするのが苦でなくなってきた、むしろ楽しくさえなってきました。

先週末は休日出勤もしましたし、なかなか大変な週ではあったのですが、その心境の変化についてちょっと書いてみます。

今仕事で苦労している方の苦痛を少しでも和らげるヒントになれればと思います。

環境の変化。

最近引っ越したのですが、新しい家(新築です:笑)に住み始め、周りの環境も変わり、通勤の景色も全て変わりました。

新しい家に引っ越すに際して、以前住んでいた家で感じていた不便な点を解消させました。

ですから、かなり快適です。

まず住んでいる地域自体をアップグレードしました。

そして広々として快適で機能的なつくり(下キッチンからみたリビングルームです:自慢しているみたいで気がひけますが。妻の誕生祝いをした後でちらかってます。)

庭はずっと小さくなって手入れがほとんど不要になった。

子供達も新しい学校を非常に気に入っている。

妻はちょっと通勤時間が長くなったけれでも、私は短くなり、美しい高台の風景を眺めながらの通勤。

ジムも新しい地域にあるものに一新され、こちらもアップグレードされた。

 

以前記事でも書いたのですが、環境の変化は自分の心境の変化とイコールである。

まず心境の変化が起こって、それから物理的な環境の変化は起こる。

今回の私たち家族の環境の好転もそれに沿ったものだと私は思っています。

よりよい環境に移りたいという願望が叶えられたのです。

一番の想いは子供達によりより学校環境を提供すること。

それを一年以上前から思案していました。

そして今回の引っ越しの実現へと結びついた訳です。

真に欲するものは必ず与えられるを実現した形となりました。

感謝の気持ち。

今回環境が変わったことで、家族皆の幸せ感が増大しているのが分かる。

すると、感謝の気持ちが自然沸いてくる。

”自分は恵まれているなあ。有難いなあ。”

その中には今仕事があることに対して、つまりこのように生活できるのも仕事があって安定した収入を得ることができるから、という想いも含まれます。

自分に与えられた能力、いままで培ってきたスキル、それを使って会社を通して世の中に貢献して行き、その見返りとして自分は収入を得て家族生活を営んでいる。

この基本的な営みに改めて感謝の気持ちが沸いてくる。

”ああ、自分は何も恐れることもないし、心配することもない。

ただ喜んで、感謝して、自分の力をありがたく発揮して行けばいいんだ。

それが社会の役に立つんだ。

それでいいんだ。”

という想いがあふれてきた。

幸せ感に包まれるとは、そういう感謝の気持ちと悦びの気持ち、そしてまったく恐怖のない心境のことをいうのでしょう。

そんな世間知らずのナイーブなことを言ってと言われるでしょうか。

私はそう思いませんね。

野心だ、野望だ、弱肉強食だ、そんな世俗的な思惑に引きずられる必要はないのです。

純粋な気持ちでいいんじゃないでしょうか。

 

 

鍵になるのは夫婦愛。

これは独身の方には当てはまらないですが、結婚されている方にお尋ねします。

あなたは今あなたの夫・または妻を心より愛していますか?

この答えがYESかNOかが、幸せな人生を歩む上で非常に重大な鍵です。

もし、YESだったら、あなたは幸せな人生を歩んでいますね。

NOだったら、不幸せな人生を歩んでいますね。

う~ん、どっちかなあ、という人は、おそらくどっちつかずの人生でしょう(笑)。

ここまではっきり言いきってしまうのも乱暴ですが、どうでしょう、当たっていませんか?

結婚というものは、それをなした時点で、二人で一人前ということですから、自分の半身が気に入らないということは、その時点で”半身不随”の不自由で不健康な人生を送っているということでしょう。

これは大きな”健康障害”です。

私も喧嘩をしたり、一時期なんでこんな人と結婚したかな(苦笑)、なんて半身不随であった時期もあります。

・・・でもね、完璧な人間なんていないんです。

自分だってそうでしょ。

欠点を見つめてそこを責める人は、自分の欠点も責められる。

だから、欠点を見つめるのではなく良い点を見つめる、これが夫婦円満の秘訣ですね。

また、相手の悪いところを本当に直したいと思ったら、それを口にだして言うのではなくて、

”そのような悪い現われは本来ない。だからいずれ消えてなくなるのだ。”

そう想って気にせず、相手本来の良さのみを信じて観ておればよいのです。

本当かよ、と思われるでしょうが、想う事がこの世には現れてくる、という原則からしたらそうでしょう。

口に出して言わなくても想いは伝わっているのですよ。

 

人間として生まれてきたこと。

最近次のような投稿を見ました。

ちょっと長いですが、そのままコピペします(管理人注:投稿されたさくら様、ありがとうございます。記事の元出はありますので、もともとの出典先(掲示板)の公表は控えますね)

 

「あなたは人間として生まれたことを喜ばねばならぬ」(谷口雅春先生)

谷口雅春先生が 昭和49年1月号の「白鳩」誌にて(23日の箴言)
こう書かれてある。

最近の唯物論的教育を受けたところの若い人のうちには、
「頼みもしないのに、親が自分を産みやがったので、責任は親にある」
などと此の世に生まれたことを感謝し得ない子供が随分あるらしいが、

人間の“いのち”は“神のいのち”の自己顕現であるから、
そして“神”は創造者であり表現者であり “何らかの生物”となっ
て自己表現せずにはいられないのであるから、

もし「人間」という“親”を媒介として、
あなたに宿っている“神のいのち”が自己表現する機会に
めぐまれなかったならば、あるいは、もっと下等な生物の親を媒介として
“あなたのいのち” は自己表現して、豚や、犬や、鼠などに
生まれていたかも知れないのである。

その事を考えて見るならば、神が、あなたに宿る“神のいのち”
(それがあなたの生命だ)を人間であるあなたの両親を通して、
「人間の形」で此の世に出現せしめられたことが、
こんなに有りがたいことかがわかる筈なのである。

両親に感謝せよ。 両親に感謝せよ。

 

以上です(太字は管理人)。

親による子供への虐待の記事を読んでは悲しく思い、この子供達が生まれてきた意味、こういった両親をもった宿命とはなんなのかと思うことしばしばです。

そんな両親に対しても、子供は親に感謝をすべきなのだろうか・・・?

自分で親に感謝しろ、そした幸せになれると言いながら、そんな単純なものでもないだろうとも思っていました。

例えば、親にレイプされた子供なんて、それでも親に感謝しなければならないのかって、それは絶対に無理だろうと。

じゃあ、その子供は幸せになれないのか?

人生あきらめろ、ということなのか?

おそらく人智でははかり知れない神様の計らいがあるに違いないと思うが、絶望のどん底にいる人達にそんな言葉はうつろに響くだけだろう。

救う道はないのだろうか・・・。

 

上の谷口雅春先生によるお話は、それに対する一つの回答を与えて下さっていると私は思います。

なにはともあれ、人間に生まれてくることができた、という事実です。

これ以上に貴い、有難いことはないんじゃないだろうか。

それは、自分の両親がいたから、先祖の人達がいてくれたから実現されたのです。

人間としての命が自分に継承された。

以前のブログでも書きましたが、一組の両親の染色体の組み合わせから生まれる子供には70兆通りあり、その中から一人の子供が選ばれる確立は一億円の宝くじに百万回連続して当たる確率と同じなのです。

一億円の宝くじに百万回連続して当たる確率を経て、今私たちはここにいるのです。

まさに奇跡の存在なのです。

もしかしたら(もしかしたらですよ)、その時自分が選ばれていなかったとしたら、人間ではなく何か他の生物として生まれてきたかもしれません。

そういった奇跡の存在である私たちなのです。

どんなに不幸などん底の中にあってもそれでも尚、人間として生まれるチャンスを与えてくれた両親に感謝できる、そんな為し難いこともなしうる人間として自分はこの世に生まれ出ることができた。

そんなにも貴い人間が自分なんだ。

 

自分が人間としてこの世にいるということはどういうことなのか、なんて普段考えてもみませんが、実はこれは奇跡的にラッキーなことなんです。

それを自覚するかしないかで、どのような人生を歩むか大きく違ってくるでしょう。

 

 

私の朝活。

自分の日常生活について話すのは何かしら恥ずかしさが伴うものですが、読者の皆様の生活好転に少しでも寄与できますならばという想いからお話します。

朝何をなすか、非常~に大事だと自分は考えています。

以下、そういった想いをもった私の朝活です。

1.まずは尊敬する谷口雅春先生にご挨拶。

2.亡くなった父親、母親、祖父祖母を始めとする先祖の皆様にご挨拶。

3.住吉大神様にご挨拶。

4.夫婦御守の神様にご挨拶。

5・靖国神社の英霊にご挨拶。

6・天皇・皇后両陛下にご挨拶。

7・我が祖国日本にご挨拶。

8・全ての家族・友人・同僚の平安無事を神様に祈願。

9・世界中の全ての人の平安無事を神様に祈願。

10.『真理の吟唱』朗読(父母の遺影の前にて)。

11.最後に神想観を20分。

私の自己流ではありますし、人によっていろいろとご批判もございましょうし、あえて他人にお話することでもないですが、これが私の朝活の始まりです。

ご挨拶とあるのは、本当に”おはようございます”(笑)。

それから日々の報告・感謝の言葉を述べたりしています。

靖国神社の英霊、天皇・皇后両陛下・祖国日本へのご挨拶ってなんだよ(こてこての右寄りの人かよ)って思う方もたくさんいるでしょうが、それが私なりの想いです。

それは今自分がここにこうしていられるということへの感謝の想いです。

 

見えないからといって、無いんじゃないんですね、”ある”と私は想っている。

だから想うことから人生が形作られてくる。

想うことが生きることに繋がっている。

“What you believe produces your life.”

 

感謝の気持ちは余命一か月の癌をも癒やす。

両親に感謝したら飲酒・その他あらゆる悪癖は消える。


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