お酒、アルコールをコントロールする方法について。(最終章:自己を支配するもののみが真の勇者である。)

2018年5月29日

お酒、アルコールをコントロールする方法については、今回で最後です。

自分としては、もう語り尽くした感がありますが、最後にもう一言だけ、一番大事なことをお伝えして、最後のメッセージとさせて頂きます。

お酒、アルコールは必ず克服できる・・・。

それでは、最終章、行ってみましょう。

 

言葉・想念の力を再確認しよう。

 パスカルはこういっている。

「言葉の力によって自分自身愚か者と言うならば、そしてそれを信ずるならば、彼は愚者となるであろう」と。

その反対も真理であるのである。

『青年の書』 P139

 

 

愚者と賢人になる選択があるとして、皆さんどちらを選ぶでしょう?

まあ、大抵の方は、賢人になることを選ぶでしょうね。

そう望んでおきながら、なぜ、実際の行動は愚者になるような行動をとる人が多いのか、これは不思議なところです。

行動といいましたが、正確にいうと、”誤れる想念を持つ”ということです。

具体的には、”ああまた飲みすぎちゃったよ、俺は本当ダメな人間だなあ”とか、”意志弱いし、お酒を断つなんて、できっこないよな”とか、自分自身を否定し、ダメ人間にしてしまう想いのことです。

賢人になりたい、酒を辞めてもっと素晴らしい自分になりたい、輝かしい人間になりたい、生き生きした人生を送りたい、など思っている一方で、上記に述べたような”誤れる想念”を持つということは、東に向いたいと願いながら、西に向かって走っているのと同じことである、と『青年の書』では述べられています。

欲していることと想っていることが逆なんですね。

これでは、願いは叶えられません。

 

 

 

 

お酒に支配されない自分の作り方。

前回その5の記事で、

”自分はお酒に支配されるような弱い存在ではない、そういう想いをもち続けることで、それを実践するための具体的行動が起こってくる。”

と述べました。

自分の場合は、それが朝の神想観の実践であったり、日々のジョギングであったりする訳です。

管理人注:”神想観”についてはこの記事で触れております。ここでは”瞑想”として紹介しました。機会をみていずれブログで詳しくお話したいと思います。

 

ですから鍵は、想い(想念)を強固にして行くこと、にあります。

そうすれば行動は自然とついてくる。

この点非常に大切ですから、詳しく解説しますが、実は『青年の書』P140に、この点をピンポイントでドンピシャに解説した文章があります。

以下、その文章をお借りして、若干アレンジしてお届けします。

それでは行ってみましょう。

自ら反省してみて、自分の欠点は「酒好き」であることを発見するならば、「自分は酒好きだ、自分は酒好きだ」と心に繰り返し念じていることでは、いよいよますます酒好きになるばかりで、「酒好き」の悪習慣から脱却することはできないのである。

「酒好き」から脱却しようと思うならば、「私はお酒をコントロールできるんだ。私はお酒をコントロールできるんだ。」と自分の心に常に言いきかせるように言っていると、観念は実現の原動力であるから「私はお酒をコントロールできるんだ」という観念が潜在意識の奥底まで浸透すると、いつのまにかその人はお酒をコントロールせずにおれないような状態になるのである。

もし吾々があやまって劇毒薬を服用したならば、医者は直ちにそれを中和する如き反対的性質の薬剤をのませるであろう。

それと同じく自分の心の中に、あやまって「酒好き」という観念が入っているために酒好きになっているならば、それに対して、なおいっそう「私は酒好きだ」とか「お前は酒好きだ」とかの考えをほりこむならば、なおいっそう中毒状態がはげしくなるであろう。

だから酒好きの観念を打ち消すためには、その反対の観念なる「私はお酒をコントロールできるんだ」という観念を心の中に投げこめばよいのである。

もし油に火がついて火事が起こっているとしたならば、その火を消さんがために、油を炎の上に投げかけても何にもならないのである。

火を消すためにはそれを打ち消すところの何かを投げかけなければならないのと同じことである。

その「何か」とは結局反対的な「観念」を心の中に投げ込めばいいのである。

管理人注:実際本文では、「酒好き」が「なまけ者」に、「私はお酒をコントロールできるんだ」は「私は勉強家だ」となっています。

 

考えてみたら、私も以前は、”お酒の誘惑には勝てない”、つまり裏を返せば、”それ位自分は酒好きだ”、と想い込んでいた訳です。

そうじゃないんですね。

それとは逆の想いを持つべきなんです。

上でも言ってますが、火を消そうと思ったら消火器ですよね。

油をそそぐなんて狂気の沙汰です。

でも、実際お酒を辞められない人のマインドをみると、この狂気の沙汰を実践しているんですね。

 

意志を想念、感情までに高めること。

上のフレーズ、これは谷口雅春先生がある講演会で言われていたことです。

例えば、お酒をコントロールしようと思う、これは意志です。

ここが出発点ではありますが、それだけでは実行するのは難しい。

この意志を確固たる想念にまで高めることが必要となります。

繰り返し、繰り返し想い念ずることで、自分の心にその想いを刻み込むのです。

上の例では、”観念が潜在意識の奥底まで浸透する”と言っていますが、そのことです。

そこまで到達すると、お酒をコントロールすることも可能になるのです。

そして、それがさらに高まってくると、想念は感情にまで発展します。

”ああ、お酒フリーの生活はなんて素晴らしいんだ、ありがたいなあ”、と心の底から感謝の気持ちが湧き上がってきます

ここまでくるとお酒の誘惑にはまり込むことは二度とないでしょう。

 

 

ファイナル・メッセージ。

次回、お酒が飲みたいなあと思った時に、次の言葉を思い出したください。

「自分はお酒に支配されるような弱い存在ではない。自分がお酒をコントロールするんだ。」

そして、その誘惑に抵抗してください。

もし誘惑に負けてしまったら、いつまでも引きずらずにスパッと反省して、次の誘惑にその教訓を生かしてください。

それを繰り返すことで、とにかくまずは一回、誘惑に打ち勝つこと。

それが勝利への第一歩です。

たとえその後順調に行かなくても、諦めたらダメです。

成功したり失敗したりしながらもトータルで前進・向上して行けば良いのです。

その小さな前進・向上を積み重ねて行くことで、真の完全勝利へ着実に近づいて行きます。

 

”自己を支配する者のみが真の勇者である。”

 

 

お酒の誘惑に打ち勝った時にあなたは真の勇者となるのです。

そのチャンスが、今あなたの目の前に広がっているのです。

 

あなたが勇者となる日が必ず来ることを信じて、これにて了。

ありがとうございました。

 

今回は谷口雅春先生著『青年の書』第十五章「吾が心の王国を支配せよ」を参考に書かせて頂きました。

お酒に限らず、人生諸事、吾が心の王国を支配できる者が真の勇者であり、その時に環境は心の影であるから、同時に環境の支配者にもなれる、と説かれています。

 

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研究室より。

「お酒・アルコールをコントロールする方法について」は今回の最終章(その6)をもって終了しました。

その1から今回の最終章まで全てをみて、コントロールを可能にするための各章の”まとめ”から特に重要な要素をピックアップしました。

各条項にどの章で解説しているか( )にて示しました。

 

「お酒・アルコールをコントロールするための6つの要素」

 

1. お酒以外に好きな事を見つける。それが心から歓喜できるものであれば、お酒に対する依存度は確実に減る(その1)。

2.両親への感謝を忘れない。この感情を高めることは自己の心を朗らかにし、喜びの明るい心境で満たすので、お酒は自然と不要な方向へと進んで行く(その2)。

3. 自分はお酒・アルコールの誘惑に支配されるような弱い存在ではない、何もにも支配されない無限の力を備えた神の子であるという自覚を育てる。『生命の實相』を習慣的に読むことで、その自覚は自然に醸成されるはずだ(その3)。

4. 飲酒・アルコールをコントロールする大きな鍵の一つ”良い生活習慣の構築”自分が日々進歩・進化していると実感できる何かを継続して行うこと(その4)。

5. (自覚していないとしても)依存症である(飲みたいという気持ちを抑えられない)以上、お酒を飲むことを人生のメインの楽しみに持ってきては絶対にいけない。大きな問題に発展する前に真剣に対策を講じること、手遅れになってからでは遅い(その5)。

6.「自分はアルコールをコントロールできる」と強く継続的に想うこと。そしてお酒を飲みたいと思った時に、その誘惑に抵抗し、勝つまでチャレンジし続ける。一回でも勝利できれば、それが次の更なる勝利へと繋がって行き、最終的には完全訣別を実現する。勝つまで絶対諦めるな!(最終章)

 

この話は番外篇として。

 

 


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