お酒、アルコールをコントロールする方法について。(その5:”隠れ”アルコール依存症に注意)

以前、元TOKIOメンバー、山口達也さんの飲酒関連事件に触れながら記事を書きました。

お酒、アルコールをコントロールする方法について。(その4:僕はこれで完全決別した。)

彼の起こした事件以来、過度の飲酒に対する危険性を述べる記事を度々みかけるようになりました。

それだけ彼の起こした事件が、世間に与えた影響は大きかったということです。

またこの事件が注目されている理由の一つに、実は彼と同じような問題を抱えている人がたくさんいる、ということがあるのではないか。

今回はその点について、想う所を述べます。

 

隠れアルコール依存症になっていないか?

 

彼(山口さん)と同じような問題を抱えた多くの人々の病状、これを私は”隠れアルコール依存症”と呼びたい(って、何の専門知識もないのですが)。

どういうことか?

人目を離れて影で飲む、という意味ではないです。

依存症なんだけれども、一見全く問題ないように見えるので、依存症に見えないので”隠れ”と言う訳です。

 

例えば日中仕事をしている人を例にとると、朝方から飲むようなことはしません。

普通にふるまい作業をこなします。

しかし、仕事が終わった帰宅時にはもう、アルコールを欲している。

飲まずにはいられない。

そのような人のことです。

 

習慣的に飲み続けているとは言え、仕事はきちんとこなします。

しかしたまに飲みすぎることがあり、自己嫌悪に陥ることもある・・・。

 

実は、これ、飲酒癖に悩んでいた自分のスタイルによく似てます。

自分は”隠れアルコール依存症”だったんですね。

 

帰宅するとなぜかビールを飲みたくなる。

で、一本空けると、

”まあ、もう一本くらいいいか。”

と2本目を空ける・・・。

 

 

夏にバーベキューをするとします。

 

 

からりと晴れた午後5時ごろ、庭でバーベキューをしながら、飲むビール、これがとにかく美味い、最高にハッピーな気分になる。

すきな音楽をかけて、バーベキューで料理する煙の臭いを嗅ぎながら、キンキンに冷えたビールを飲む。

・・・この誘惑には、どうやったら打ち勝てるというのか?

そんな固いこといわず、素直に楽しめばいいじゃないか。

普段苦労してがんばっているんだから、自分へのご褒美だよ。

週末だし、飲みすぎだけに注意すればいいか。

・・・多量の飲酒を気にはしながらも、だいたいこんな心境で飲んでましたかね。

で、結構飲みますが、たいてい潰れるまでは飲みすぎません。

だいたい飲む量を決めてますから。

ビールはこれくらい、その後ワインはこれくらい、なんて。

でも、たまに飲みすぎる時がある。

その時っていうのは、ついついもう一杯が重なってしまう時なんですね。

これで最後にしよう・・・、いや、もう一杯くらいはいけるかな、よしもう一杯それで最後にしよう・・・、本当にもうこれで最後だ・・・。

これが自分の飲みすぎのパターンでした。

こうなってくると、最後の方はほととんど潰れるまで飲んでいて、翌日、目覚めた時には当然気分が悪く、最後の方はよく覚えていない・・・。

 

前回、山口さんの記事を書いた時は分からなかったのですが、どうやら、彼も自分と同じような飲酒のパターンだったようですね。

ついつい飲みすぎてしまうことがある。

だから彼の苦しみは分かる気がします(入院するくらいですから自分よりも重症で、その苦しみも相当なものでしょう・・・。ぜひ克服して人生カムバックして欲しい。)。

 

 

 

隠れ依存症を克服する。

お酒を習慣的に飲んでいる人は、これに変わる楽しみを見つけることは難しいと感じているのではないでしょうか?

私の場合、上のバーベキューの例、あのシチュエーションでビールを飲まないことは考えらなかった。

寒い時期には、日本酒も好きでよく飲んでましたが、刺身をつまみながら、熱燗を飲む、これは本当にうまくなにものにも代えがたい・・・。

私は車通勤なので無理ですが、電車通勤の人には、仕事が終わって、夏の暑い夕方、帰宅前に飲む生ビール。

 

 

あの誘惑にどうやって打ち勝つというのか?

ここで、いっているのは、もしそれが週に一回だけだったら、そして一杯だけだったら問題ないでしょう。

でもそれが、2回3回と増え、量も2杯、3杯となり、常習化してしまうと、これは問題です。

 

今回の山口さんの場合を思うに、こういった事態がいずれ大きな取返しのつかない事件に発展する可能性がある、ということです。

とりかえしがつかない、多くの人に迷惑をかけ、自分を人生棒に振ってしまうような事件のことです。

彼は入院するほどまでに体調が悪化し、しかし退院したその日にまた泥酔するほど飲んでしまうのですから、もういわゆる”アル中”であった。

でも、そういった事件を実際起こした後も普通に仕事をしていたのですから、これが”隠れ”依存症の怖いところです。

 

これはもう、”隠れ”ているものを完全に取り去る必要がある、ということでしょう。

 

その対策については、私は過去に4シリーズで述べてきてますから、それをぜひ読んでもらいたと思います。

お酒、アルコールをコントロールする方法について。(その1:お酒よりも大切なもの。)

お酒、アルコールをコントロールする方法について。(その2:両親に感謝すること。)

お酒、アルコールをコントロールする方法について。(その3:『生命の實相』が教えてくれた。)

お酒、アルコールをコントロールする方法について。(その4:僕はこれで完全決別した。)

 

実技面、精神面、両方から、具体的にどうやって私がお酒をコントロールすることに成功したのかについて述べております。

30分もあれば全て読めると思うので、ぜひ読んでもらいたいです。

 

上で述べた、夏のバーベキューでビール、そして冬に飲む熱燗、今でも飲みますよ。

でも、もう飲みすぎるということは無い。

 

自分はアルコールに征服されるような弱い存在じゃない。

 

その想いを日々積み重ねて行くことで、それを実際に実践する技が具体的に行動として起こってくる。

アルコールを飲まない、アルコールをコントロールする技です。

 

・・・途中何度もへこたれました。

自己嫌悪にそれこそ何十回陥ったことか分かりません。

でも諦めませんでした。

そして今、アルコールに支配されない強い存在の自分作り上げる(実はそれが本来の自分であるのですね。作るとはいってますが、本来あるものを引き出した訳です。)ことに成功しました。

 

 

 

・・・今だから、分かることがあります。

”この生ビールを飲む喜び、これに勝る幸せって本当にあるのだろうか。”

そう思っていた自分。

 

それよりももっと素晴らしい心の歓喜が発見できる、ということです。

 

いいですか、本来、人生の真の喜びが、アルコールを飲むことにある、なんて訳ないんです。

 

それはたしかに、人生の喜びを増大してくれるでしょう。

しかしそれは、あくまで”付属”のものであって”メイン”の楽しみではないはずです。

それを”メイン”の楽しみにもってきてしまうところに、人生の狂いが生じるのです。

 

お酒の業界で美味しいお酒をつくろうと懸命に働いている方。

また、ワインのテイスティングの勉強をされている方。

私はその人達の努力、楽しみを非難する者ではありません。

アルコールは節度をもって接すれば緊張感を緩和し、場を和やかにし、人間関係を円滑にし、食事を美味にし、などなど、人生の喜びを増幅してくれるものです。

 

”節度をもって”、その点に留意し、厳格に対処しておれば問題はないでしょう。

 

ただし、”悪魔の水”と形容する人もありますが、甘美であるが故に、人心を惑わし、人を狂わす側面もある。

 

”酒は飲んでも飲まれるな。”

お酒を飲みすぎてはいけないよ。

古来から、それこそ何百年も前から言われていることです。

 

今、やばいなと、感じている方、これを期に真剣に対策を講じて下さい。

絶対にできます。

私は応援してます。

 


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