理想の生き方がここにある、「心の中に「静」をもつ」。歓喜と共鳴に満たされた話。

2018年5月8日

片岡鶴太郎さんの近著「心の中に「静」をもつ」を読みました。

下はそのプロモーションビデオです。

 

 

ここでは自分の魂が歓喜することは何なのか、それを追求して行くことが幸せなんだよ、と述べられています。

他人の幸せと自分の幸せは違うんだよ、と。

シンプルな事実ではありますが、多くの人達が見失っていることでもありますね。

 

さて今回の本ですが、

正に、我が意を得たり

ブログで述べ、実践していることと同じようなことが本文で述べられています。

本の帯にはこのような事が書かれています。

いつも私が自分に投げかけている問いです。

「あなたは、毎朝幸せに目覚めていますか?」

「あなたは、1日の中で、どんな食事をとっていますか?」

「あなたは、本当に愛している人がいますか?」

「あなたは、愛されていますか?」

「あなたは、感謝する心をもっていますか?」

「あなたは正直に生きていますか?」

「あなたは、魂が歓喜することはありますか?」

これらの問いに満足な回答ができることがこのブログで求めていることです。

 

鶴太郎さんには、”本物”を感じます。

それは外見ではなく、中身を大切に日々生活している人から感じられるものであり、そこから作りだされ醸し出される”人間性”ですね。

私はそこにいたく共感・共鳴するのです。

今回この本を読んで、なぜ自分は鶴太郎さんに魅かれるのか、よ~く分かりました。

自分もまた更に魂が歓喜する生き方を追求して行きたいなと思った次第です。

以下共鳴した点、いくつか紹介します。

 

 

 

 

内なる本当の自分に向き合う。

静かに 静かに 静かに

眼を閉じる

 

静かに 静かに 静かに

鼓動の 音を 聴く

 

静かに 静かに 静かに

胸の奥深く 底にある

黒く青く輝く 美しい瞳

 

静かに 静かに 静かに

見つめ合う

 

嬉しいのです 楽しいのです

温かいのです 微笑むのです

幸せなのです

込み上げるのです

 

ありがとうございます

ありがとうございます

ただ ただ ありがとうございます

 

本文 巻頭のカラー・ページより

 

上は鶴太郎さんが瞑想されている写真と共に紹介されている詩です。

彼が瞑想している時の心境を詠ったものでしょう(毎日20分間瞑想されるようです)。

本のタイトルが「心の中に「静」をもつ」ですから、冒頭に置かれたこの詩がもつ重要性は極めて高いと思います。

私も早朝に瞑想を行いますので、ここで歌われている心境と同じような感覚を抱いており、この冒頭の詩からして共鳴してしまいました。

実は私は瞑想する際にヘッドホンを装着します。

BOSEノイズ・リダクション・ヘッドホンです。

これでほぼ全てのノイズが遮断され、静寂に包まれます。

管理人注:下、そのヘッドホンです。使い始めてもう一年以上たちますが、耳を包みこむソフトな感触、その遮音性、バッテリーの持続時間等全てにおいて満足しています。やや高額ではありましすが、日々貴重な時間に使うもの、妥協することなく投資して正解でした。

 

 

Bose QuietComfort 35 wireless headphones II ワイヤレスノイズキャンセリングヘッドホン ブラック【国内正規品】

 

早朝(だいたい4時過ぎです)が何等かの雑音はするものです。

時計の指針が刻むリズム音、遠くで車が走り去る音、鳥のさえずり、屋根や窓を打つ雨音など。

それら全ての音がほぼ遮断されます。

するとその静寂の中、唯一聞こえる音は心臓の鼓動だけになります。

その鼓動音を聴きながら、この無意識に動く心臓の働きは自分の力ではない、何か大いなるものの力によって動かされていると感じるのです。

その心臓を動かしている大いなる力を自分の内に感じるのです。

その力によって自分(この肉体)は生かされているのだなあ。

そしてその大いなる力を内に感じるうちに、本当の自分自身はこの肉体ではなく、自分を生かしてくれているこの大いなる力こそが本当の自分であると感じるようになります。

・・・すると、忽然鼓動が聞こえなくなる。

いや正確に言うと、それを”忘れて”しまう・・・。

その境地がここで鶴太郎さんが詠われている、幸せと喜びの感情で満たされて、ただただ有難いという心境なのかなと思います。

理屈ではなく、”本物””にふれた時に自ずから人間が感じることなのでしょう。

 

 

 

内面を静かに見つめることの大切さ。

 

科学の進化発展によって、人類は新しい文明を創り続けてきました。

その都度、その時代なりに、生活は便利・快適になりましたが、身体や心(精神)から眺めてみると、何やら本質から遠く離れてしまっていると感じるのは私だけではないでしょう。

便利・快適になっているのに、人間の悩みは減るどころか増えているように思えてなりません。

「外側の進化に伴って、人間の内面はどうあるべきなのかな?」

そのようなことを、なんとな~く考えている「私」がいます。

本文 P196

 

ここで鶴太郎さんが示唆されているように、吾々はあまりにも”外側”に引きずられて”内面”をおろそかにしていないか?

つまり”外側”に囚われるあまり、本当の自分を見失っていないか?

毎日が苦痛で幸せを感じられないとしたら、その原因もそこにあるのではないか?

外側(形)から入るのではく、内面から入るべきなのです。

幸せになるための方法論、手段に振り回されるのではなく、まずは内面の自分と向き合うこと。

自分が本当に欲していることは何なのか。

外部からの影響を遮断して、何のバイアス、偏見を持つことなく、まっさらな状態でそのことを考えてみる。

すると自ずから心に浮かぶことがある。

その内面の自分の声の囁きに忠実であることが幸せに繋がるのではないか。

そこから行動を起こして行けばよい。

一日24時間中、全くの静寂の中、自分の内面と向き合うこと、内省することが一体どれだけあるでしょうか。

かなり多くの人が”ゼロ”、という日々を送っているのでは。

それでは本当の自分を見失って、ただただ忙しい日々を流されるように生きていると言えるかもしれません。

10分でもいいから、静かな環境で、自分の内面を見つめる時間を日々もつことが大切でしょう。

鶴太郎さんも言われていますが、無限の可能性を持つ吾々人間です。

外の雑音に囚われることなく、内なる本当の本物の自分を見つめ、そのユニークな力を掴み、それを最大限発揮して生きて行くことが人生の喜びです。

この本を読んで、皆さんも”幸せな自分に出会う方法”、学んでみませんか?

 

心の中に「静」をもつ

 

さて、今回はこれにて時間切れです。

”これこそ人生を楽しむ極意”と私が感じていることを、鶴太郎さんも述べておられてましたので、その点次回紹介したいと思います。

管理人注:プロモーションビデオで鶴太郎さんが述べられていた、他人と自分は違うということ。このブログで自分も書いています。


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