逆境の時に呟く、「ノー・プロブレム、ノー・サプライズ」。EVIL選手が貫いた心の平静さ。

2018年4月17日

標題のセリフを見て、ぴんとくる人は新日本プロレスが、かなり好きな方ですね。

これはプロレスラー、EVIL(イービル)選手が、2017年IWGPのタッグ選手権をパートナーのSANADA選手と戦っている時に常に述べていた言葉です。

 

優勝候補と言われながら、始めに負けが込んでしまった・・・。

破竹の快進撃をするであろうと期待していた私としては、”あれれ”っという感じでした。

ところが、EVIL選手は試合後のインタビューの際に、標題の言葉を繰り返し述べるのです。

「ノープロブレム、ノーサプライズだ。」

つまり、自分たちが絶対優勝する、問題ない、驚きもない、と本人は確信していた、それを皆の前で宣言していた訳です。

 

まあ、プロレスラーたるもの、皆勇壮にそのような言葉を述べますよ。

じゃないと、何のためにやっているのかっ、て話になりますから(やる前から負ける事考えるやつがどこにいるか! アントニオ猪木選手が言われた言葉です)。

 

管理人注:上画像、現役当時のアントニオ猪木さんです。〔視・読・聴〕さんのHPよりお借りしました。本当に凄いレスラー、私の中では史上NO1です。

 

ただし、EVIL選手のあの時のそれは、ちょっと違っていたというか、妙に説得力があって、聞いているこっちも、”うん、たぶんそうだよね”、って思わされてしまった。

あの時の時流、”流れは今自分達にある”、それを本人も良く自覚していたのかな、とも思います。

まあ、このようことは、前後を通して観戦していない人には全く分からないことです・・・。

 

とまれ結局、選手権に優勝し、その後チャンピオンベルトに挑戦、見事勝利し、今はIWGPのタッグチャンピオンとしてSANADA選手と共に君臨しています。

有言実行を見事果たした訳です。

 

管理人注:上画像、EVIL選手です。新日本プロレスさんHPよりお借りしました。

 

心を平静に保つこと。

EVIL選手、私は非常に好きでして、内藤哲也選手と並んで好きな選手トップ2です。

外見からは、また名前もEVILということで、キャラクター系ではありますが、彼には芯が通っている。

ブレがない。

内藤選手と同じです。

さすが内藤選手の最初のパレハ(相棒、という意味のスパニッシュです)だけのことはある。

 

管理人注:ちなみに下は内藤選手。ブログにも書いてます。超一流のプロレスラー&エンターテイナー。

 

 

・・・とまあ、その件はまた後程述べるとしまして(笑)、EVIL選手がピンチに陥っても、堂々として全く慌てず、観ているものにも、”うん、大丈夫だろう”、と思わせるほどの”心の平静”を保つことができたこと、これが彼の成功の原因なんですね。

 

人々がとうてい平静を保っていられないような時にも心の沈着を失わず、他の人ならば周章狼狽してなすところを知らずというような時に平然として、正しき謀をめぐらすことができる者は、いかなる場合にも勝利者となることができるのである。

「青年の書」P82

 

この文章を読むと、まさにEVIL選手が優勝することができた原因だなあ、と感じるのです。

特に、“平然”という言葉。

EVIL選手は、体もどっしりして落ち着いてますが(いや、褒め言葉です)、その容貌、雰囲気、発する言葉も本当に”平然”としているのですね。

まだ、30歳くらいですよ、一流のエンターテイナーだと思います。

ただ強いだけでななく、この”プラス・アルファ”がないと今のプロレス界では突き抜けることができないのですが、EVIL選手は間違いなくこれを持っています。

 

また、”正しき謀(はかりごと)をめぐらすことができる”

この点もまさにそうで、実は、最初に負けが込んだもの、あらかじめ予定に入っていたのではないか、と思わせます。

いや、例えそうでないとしても、その時点から、冷静に巻き返しを謀る術を考え実行することができないと成功もおぼつかない訳です。

それをEVIL選手はしっかりとやってのけました。

その基にあるのが”心を平静に保つ”、ということなんですね。

 

 

 

 

”念”が迷いの基。

 

「青年の書」本文にこういう話が載っています。

腹をすかせた武士が、ただ飯にありつこうと、道場に行った。

当時、道場にて試合を請うた者には勝敗に関わらず、試合後道場主から一飯の食事を供されることになっていた。

腹がへっている武士はとにかく早く飯を食いたいと、一刻も早く打ち負かされるために右手に木剣をだらりと構えた。

するとその大胆で平然とした構えに道場主は恐れを為し、打ち込むことができず、降参した。

 

また、ある茶坊主が、辻切の侍に”弱そうに見えるから”と試し斬りの相手として呼びかけられた。

全く剣術のできない茶坊主は剣を大上段に構え、眼を閉じ、体に”冷っ”としたものを感じた刹那に構えた剣を振り落とすこと、つまり相討ちすることの一心で待っていた。

しかし、20分たっても、30分たっても相手は打ってこない。

代わりに相手の激しい息遣いがきこえる。

すると、ばさり、という音と共に、男が茶坊主の前に平身低頭お辞儀をした。

 

上の話、二つとも、共通していることは、負けた方には”念”があります。

”邪念”ですね。

それは心の迷いからくる妄想です。

こいつはとんでもなく強いものに違いない、という妄想です。

そこから心が乱れて、もう戦うことさえできなくなってしまった。

戦わずして負けてしまった。

勝った方はその逆で、戦わずして勝った。

 

これも基にあるのは、”心の平静”ですね。

勝敗を決した要因は、技術的うんぬんではなく、心境でした。

 

 

 

困難から逃げない。

 更に人生の勝利者となる道は、困難に面し、あるいは不快な出来事に面しても決してそれから逃れようとしないことである。

すでにそれから逃れようとするのは、その困難または不快なるものに敗北した証拠であり、心の平静を失った証拠であるのである。

「青年の書」P89

 

今世の中の風潮として、辛かったら逃げよう、みたいな考えがありますよね。

それもちょっと考えものです。

 

どうでしょう、日々いろんな辛いことがありますが、それに立ち向かって行く原動力は”心の平静”にあるのではないでしょうか。

逆にいうと、屈した時というのは、”心が乱れた”時である。

 

”心が乱れて、逃げる”、っていうのはいただけないですね。

”心が平静”であれば、それは”逃げ”ではなく、”より良い選択”として現れてくるのではないでしょうか。

 

上の例え話に顕著ですが、本当は自分に降りかかる様々な困難も克服できるものなのでは、と思います。

もうだめだ、と思って降参したところ、実は、腹を空かせただけの侍だったり、たんなる茶坊主だったりするかもしれません。

 

この辺は、大変な苦労をしていて、その時は非常に辛かったけれども、後になって考えてみると、何かいい思い出となっている、そんなニュアンスと似ているかもしれない。

”あの時は苦労したよなあ・・・。”

そんな感覚、皆さん持っているのではないでしょうか。

今そう思えるということは、それを克服したからこそそう思える訳で、屈していたらそのようには思えませんね。

”何であの時、あんなに慌てたんだろう。今考えると、答えは単純だったよな”、みたいな。

でも自分の屈した相手が、実はそんなものだったなんて、人生に於いて後で決して分からないのでしょうね。

克服した時だけに、”なんだ腹をすかせただけの男だったか”、と分かるのでしょう。

 

何ごとがやって来ようとも、吾々は魂の平静を失ってはならないのである。

どんな波立ち騒ぐ環境も、魂の平静の前には穏やかなる海原と化するのである。

「青年の書」 P90

 

「ノープロブレム、ノーサプライズだ。」

 

逆境の時にこそ、こう呟きましょう。

私もオフィスで、ちょっと行き詰まったりしたら、トイレに向かう途中などで、呟いてます(EVIL選手をまねて、彼のだみ声のおどろどろしい口調で言うと、ちょっと笑えて更に良いです:笑)。

 

アメリカで働いてますから、英語ですし、実はこの言葉を使うチャンス、伺ってます。

会議で大丈夫?なんてことを言われたら、

“No problem, no surprise.”

って言ってみようと(笑)。

 

今回は谷口雅春先生著『青年の書』第九章「危険に面して恐れざる者は遂に勝つ」を参考に書かせて頂きました。

管理人注:下写真、谷口雅春先生です。「生長の家」創始者・谷口雅春先生を学ぶ会様のHPよりお借りしました。

 

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クリックしてカスタマー・リビューが読めます。その二つを以下紹介いたします。

すべての生き方に悩んでいる方にぜひ読んでもらいたい、人生最高のテキストである。この本を読んでいるかで、その人の生き方と人生が決まる。内なる声に目覚めれば、未来に自信がわき出て、それからの人生が成功に導かれる。もともと、青年用の書物であるが、幅広い年齢層の人に是非読んでもらいたい。この書をよんで、目前に起こる「奇跡の連続」に驚かざるを得ない。” By 象山さん

 

唯々素晴らしいです。未来へのバイブルであり、心の法則を軸に普遍的真理は永遠であると改めて理解させられました。これを読めばあなたも、わたしも幸福にならざるを得ないこと請け負いです。” By りりぽん推しさん

 


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