ストレスに勝つ秘訣は何ですか?

2018年4月15日

余命3か月と言われた方が、それから10年間生きられた話があります。

何の病状かは分かりませんが、3か月と言うと、かなり深刻な病状であられたことは容易に想像できます。

その方、仮名で後藤さんという方ですが、その方が一体なぜ、そんなにもその後長生きすることができたのか。

考えてみますと、余命○○か月と言われること、そのこと自体が相当な、いわば人生における究極のストレスでありましょう。

普段の生活でも様々なストレスがありますが、大抵命が取られるほどのものではありません・・・。

究極のストレスに打ち勝った後藤さん。

その秘訣は一体なんだったのでしょうか?

 

今回は「いのちが喜ぶ話」お勧めの話第6弾をお贈りします(ちょっと久しぶりです)。

社会教育家、一般社団法人「いのちを守る親の会」理事長であります、大熊良樹先生がお話下さっています。

 

 

日々の生活で様々なストレスを感じている方のストレス軽減に大変参考になるお話です。

ぜひ聴いて頂きたいと思います。

それでは、早速行ってみましょう!

 

生きてるんじゃない、生かされているんだ。

 

後藤さんと出会った大熊先生が贈られた言葉が、

「生きてるんじゃないですよ、人間は生かされているんですよ。」

でした。

この言葉を受けて、後藤さんは心境が一変されたのですね。

”そうだ、自分は生かされているんだ・・・。”

おそらく、この想いが後藤さんの心の隅々にまで染み渡ったのでしょう。

そして、もう自分の余生のことなどどうでもよくなったのではないか。

今生かされている命に感謝して残りの人生を精一杯活ききって行こう、そう誓われたのだと思います。

 

その後2か月たって大熊先生が再び、後藤さんに会われた。

「大丈夫ですか、後藤さん。」

と声をかけられた。

すると、後藤さんは、

「大丈夫です、先生。

私は生きているんじゃないんです、私は生かされているんです。」

と言われて、大声で笑われ、その後、”有難いですね”、と目に涙を浮かべておられたそうです。

 

この”感謝”の気持ちこそが、その後10年間使命を全うされた基であった、と大熊先生は述べられております。

 

 

感謝して生きることの大切さ。

今生かされている命に感謝しましょう、と言われてもなかなか感謝できるものではありませんよね。

後藤さんのように、余命3か月と宣告されて、絶体絶命の境地に置かれて、初めて人間は生かされている命に感謝できるのかもしれません。

 

・・・でもね、考えてみると、長生きするために”感謝”するのでしょうか?

違いますよね、”感謝”することが長生きに繋がるのですよね、きっと。

 

”感謝”して生活することが喜びなんだ。

”感謝”して生活できれば、”感謝”の気持ちで一日一日生活することできれば、きっとそれが幸せな人生なんだ。

 

するともう、これからいくら生きようが、3か月生きようが、10年生きようが、あまり関係なくなるのだと思います。

 

今生かされているこの時を精一杯生きてゆく。

有難く寿命が尽きるまで生きて行く。

 

後藤さんは、おそらくそう想われていたのではないか。

その結果、10年間生きられた、それだけのことではなかったのか・・・。

 

 

 

なぜ感謝できないのか?

生きていることが当たり前に感じられるから、普段生かされていることに感謝できない

 

空気がないと生きられないのだから、空気があることはもちろん有難いです。

でもあまりにも当たりまえすぎて、それが普通のことすぎて、特に感謝を感じない。

 

・・・考えてみれば、そんなことばかりではないでしょうか。

水もそうですし、太陽の光にしてもそう。

自分が生きている、ということは、裏を返せばそのように多くの当たり前の事達に囲まれ、意識することなしに、支えられながら生きている、ということです。

それが、”生かされている”、ということか・・・。

 

もうちょっと深く考えると、根本的に、この空気を地球上に常に満たしてくれている”自然の摂理”、それによって吾々は生かされているのです。

その”自然の摂理”を当然吾々は見ることができません。

それによって創られている空気でさえ見ることはできないのですから、言わずもがなですね。

 

 

 

我を取っ払え。

”生きている”と、”生かされている”の違いはなんでしょうか?

 

”我(が)”ではないでしょうか。

 

俺が、生きているんだ。

私の力で生きているんだ。

俺が、私が生かしてやっているんだ。

俺が、俺が、私が、私が・・・。

 

この”我”ですかね。

 

”生かされている”という”感謝”を忘れる時に人間は傲慢になり、結局は自分を傷つけることになるのでしょう。

この”我”が、そして”感謝”の欠けた生活が、普段の生活をして人間を苦しめ、ストレスを与え、じわりじわりと病気を、不幸を、苦しみを作りだしている基ではないでしょうか?

 

大熊先生は言われています。

鏡(か”が”み)は全宇宙を映しだすもの。

我(”が”)をとって映ってみれば、それは神(かみ)になると。

 

”神”とは先ほど述べた”自然の摂理”のことですね。

吾々を生かして下さっている基のことです。

 

”生きているんだ”という”我”を無くし、”生かされている、有難い”という”感謝”の念の内こそ、我々を生かして下さっている”自然の摂理=神”が、自ずと自分の中に現れてくるのです。

 

感謝の気持ちを忘れずに、日々有難く過ごして参りましょう。

”ああ、自分は神様に生かされている。

全てはきっとうまく行く。

何があってもきっと大丈夫だ。”

それでいいんじゃないでしょうか。

気楽に、楽観的に。

 

今日という一日は、二度と戻って来ません。

一日一日を楽しく感謝して精一杯生きて行くことが肝要です。

 

 

【今週聴いた音楽】

前回から引き続き、今回もまた今週聴いた音楽を紹介して参ります。

これまた”ながら”で聴いてますので、大した感想ではありませんが・・・(汗)。

とりあえず、行ってみましょう!

 

 

Mclean’s Scene

1959年のJAZZ。アルトSAXで一番好きな奏者が彼、ジャッキー・マクリーン。音が朴訥で、ストレートなところが魅力です。ピアノのマル・ウォルドロンもいい味だしてます。あんまり評価がよくないようですが、私はこのアルバム好きでたまに聴きます。

 

 

 

ゲッツ/ジルベルト

1964年のボサノバ風JAZZ。前回に引き続きですが、これは超有名版です。A面一曲目の”The Girl From Ipanema”、B面一曲目の”Corcovada”が次に紹介するアルバムにも入ってます。歌とギターとサックスの音色が全編に於いて完璧に調和しているところが凄いです。完成度の高いアルバムでしょうか(など評論家ぶって言ってみます:笑)。

 

 

 

We Get Requests

1964年のJAZZ。JAZZ初心者に超お勧め。B面一曲目の”You Look Good to Me”でのベースとピアノによる和やかなイントロ、そしてその後の3者による軽快な滑り出しは、何回聴いても心弾みます。下でどうぞ聴いてみて下さい。

 

 

 

 

 

 

ドヴォルザーク:交響曲第9番 新世界より

小学校の音楽の授業で聴いた時のことを今でも覚えている、交響曲第9番『新世界より』

この第2楽章”Largo”ですが、当時TVで観た「北の国から」の結婚式の場面で使われていて(岩城滉一と美保純)、ショッキングな場面と音楽が見事に調和していて印象に残っています。YOUTUBEで探したらありました。下、1分30秒からです(レトロだなあ~、でもあまり時間の経過を感じないのが不思議であります)。

 

 

研究室より。

春休みを利用して仲の良い3家族とビーチハウスで先週末を過ごしました。

ベランダから海景色を朝昼夕と眺めリラックスしました。

頭上から潮を吹くクジラも見えたのですが、遠すぎて写真ではうまく撮れませんでした。

お父さん連中でゴルフも楽しみ、非常に有難い、楽しい時間を過ごさせて頂きました。

下、写真にてちょっと紹介します。

 

ベランダからの景色。サンセットはひときわ美しかった。

 

打ち下ろし160ヤードほどのパー3、ショートコース。ここでワンオン。この日唯一とったパー(下の写真は友人お父さんです)。

 

 

子供達に交じって、塗り絵をしました(40年ぶりか?!)。 一時間ほど没頭しました・・・。中々いいものですね。また、次回の機会があったらやりたいです。下はその記念にキープした力作(笑)。

 

 

これは庭の桜です。本日撮りました、満開です。また春が来ました・・・。


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