【特別更新】病気の方、悩んでいる方、子供を堕そうとしている方へ。

2018年3月30日

基本的に週一回のブログ更新なのですが、今回は特別更新します。

病気で苦しんでいる方、いろんなことで悩んでいる方、妊娠中で子供の堕胎を考えている方、ぜひ読んでみて下さい。

その苦しみ、悩みがどうぞ晴れますように、そして、もし妊娠してお腹の子供を堕そうかと迷っているならば、ぜひ思いとどまってください。

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・・・久山夫人の話をきいて、膀胱膣漏(ぼうこうちつろう)という、医学上から断じて不治だと言われていた72歳の武田こうたという婦人が治ってしまったと言って、講演会場で武田さんみづから体験談をのべられました。

この婦人は、先妻の子供がある男のもとへ、後妻として嫁いで行ったのでした。

自分も初婚に六年間結婚生活をしていたが子供は生まれなかったので、この女なら結婚しても子供は生まれないだろうというので、先妻の子供がすでにある家から貰ってくれたのだそうです。

すると、結婚して五か月めに妊娠してしまったのです。

すると姑が「お前は子供が生まれないはずだから貰ったのだが、子供が生まれては困るから堕してしまいなさい」と強制された。

そうでないと離婚されると言うので、止むなく堕胎の手術を受けたのであります。

妊娠の月数によって堕胎の手術の方法が異なるのですが、その時の手術は胎児の頭部を何か機械で穿鑿(せんさく)して胎児をくだいて、グッと引っぱり出したそうです。

その時自分の膣にぐっと痛みを感じた。

「先生、グッと中へ痛くひびきました」と言うと、「何それ位のことは。君は臆病だからいかぬ」と医師は怒鳴りつけるように言って手術をした。

おそらくそのとき、膣壁を破り、それに隣合わせている膀胱をも破ってしまったらしいのです。

(堕胎の手術にはこうゆう危険を伴うこともあるのですから、絶対に堕胎してはなりませぬ

時として産婦の死を招くこともあります。)

 

こうして、膀胱と膣壁とが互いに穿刺(せんし)して流通してしまったのですから、小便がたまるだけづつ膣口から流れ出て、たれ流しになってしまったのです。

これが27歳のときでした。

それから数年後、良人がアメリカへ移住しましたので、こうたさんは良人と一緒にアメリカへ渡りましたが、アメリカの良医をもとめて相談いたしましたが、どの医師も治る見込みがあるとは言わない。

医師の指図で狸の睾丸のような大きなゴムの袋を膣口にぶら下げて仕事をした。

アメリカのことで、あまり坐らないで仕事をした。

そのゴム袋の下部には水道蛇口のような栓がついていて、ゴム袋が一杯になって重くなると、その栓をひねって便所へザっと流すのです。

しかし、そのゴム袋は、膣口に密着しないためにそこから尿が漏れ、太腿がしめって夏の暑いときなどみじめにも太腿一面だ赤く爛(ただ)れて、見るも無残な有様になったのでした。

そんな苦しい生活をするにつけて姑をうらみ、良人をうらみ、先妻の子をうらみ、自分の胎児を殺したためにこんなになったのだと、恨みつづけて来たと言うのです。

 

このような有様で19年間アメリカにいたが、その間、小便がたまるのが恐ろしいので、一杯の茶も、水も飲まずに我慢して来たと言うのです。

19年目に日本に帰って来て日本で岡山医大の産婦人科の科長をしていられる安藤博士の診察を受けた。

よう19年間も、こんなひどい状態で手術もしないで来たものだ」と安藤博士は感嘆して手術をして膀胱の孔を縫合してくれたのである。

しかしそれも何の甲斐もなく、またまた、小便が漏れて止まるところを知らなかった

それから漏れるままで、またまた15年、最初の膣漏から実に45年間、この苦しみを重ねてきたが生長の家の噂をきいて、何らかの導きがあるかと思って生長の家岡山県教化部に久山氏をたずねたのであった。

その時面会して指導したのが、久山夫人であったのであります。

久山夫人はその時、最近、指導して不思議に治った膀胱膣漏の話をしたのでした。

その話は大体次のようなことでした。

 

岡山県小島郡小串という所にあるメリヤス工場を経営している人があった。

その家に一人娘があったが、養子婿を迎えたが、その養子が結核にかかって衰弱して、夫婦生活が送れぬようになったのです。

ところが淫奔なその娘は、工場で働いているミシン職の男子の工員と情交を通じて、病気の婿養子をうとんずるようになり、親にすすめて養子を離婚するようにしたのです。

ところが、その養子はその娘に未練があり、離婚は、もう一年、自分の健康状態を見た上で、それでも回復しなかったら離婚されてもよいが、それまで離婚を待ってほしいと言ったのだが、無理矢理に離婚してしまったのであった。

その男はその後、その娘を祟り殺してやると言って死んでしまったそうである。

 

そんな事が噂になってその娘は、ミシン職の男子工員と晴れて夫婦になることも、世間狭い田舎のことであるから出来ないので、男と一緒に大阪へ行って夫婦生活を送っていると妊娠していよいよ出産ということになると非常に難産で、産気づいてから二書夜(二晩)苦しんだけれども生まれなかった

医師が来て診断したところによると、骨盤が狭いところへ、胎児の頭が大きすぎるので、出るにも出られないで、この状態で置くと産婦の生命にかかはる、どうせ胎児は助かたないのであるからと言って、胎児の頭を、穿孔(せんこう:穴をあける事)して、その頭部をくだいて引き出した

その時、膣壁の一部と、それに接触している膀胱壁がやぶれて、例のように尿が膣口から垂れ流しになってしまったのである。

ところが一緒に駆落ちした男も、女がそんな状態になったのでは面白くないので、その女を捨てて他の女と何処かへ遂電(ちくでん:素早く行方をくらませること)してしまった

そこで彼女はそれを非常に怨んで、郷里の岡山県へ帰ったのであるが、どうしても自分を棄てて逃げた男が憎くて仕方がないのです。

それで、この頃、盛んになっている生長の家を訪ねて、何とかその男(ミシン工)を祈り殺す方法はないものかと、生長の家岡山県教化部に走り込んだのであった。

 

久山夫人は、その女が、普通ではなく腰から下がブクブク肥ったように見えるのを見て、その腰はどうしたのですかときくと、実は、膀胱が破れていて、尿が膣口から流れ出るので、何重にも、オムツをあてているのだと言う。

それで、「その男を祈り殺すよりも先ず、その病気を治す方が大事じゃないですか」と言うと、「病気など、そうでもいいのです。あの男さえ祈り殺したらよいのです」と、女は最初は興奮して言っていたが、「人を祈り殺すようなツライ目をさせたら、また自分がそれと同じ苦しみをしなければならぬ

自分の蒔いた種の通りの芽が出て同じ実を結ぶのだから。

貴女が、最初の夫が、病気であったのを棄ててミシン工と一緒になったその同じことを、又貴女はそのミシン工の男からせられて、自分の病気に愛想をつかされてほかの女をこしらえて貴女が棄てられたのである。

それは貴女が過去にした行為が、どんなに相手を苦しめたかと言うことを、貴女自身に体験として知らせて、あなたを反省させ、あなたの魂を向上させるための観世音菩薩の働きとして、そのミシン工の男は貴女を捨てたのですよ。

それは観世音菩薩の大悲のはたらきであるから、その逃げたミシン工を赦し、更にそれに感謝しなければならぬ

そして貴女が最初に棄てた良人に心からなるお詫びをしなさい」こう久山夫人は言って、その女を、教化部の道場の床の間にかけてある、私の肉筆の「實相」の軸の前に座らせて合掌してお詫びと感謝をさせたのでした。

 

すると間もなく、その女は、「お便所をかして下さい」と言うのでお便所を教えると、そこへ行ったかと思うと、「奥さん大変です」と、その女の叫び声がきこえた。

便所へ行って見ると、その女が泣き出したのである。

「先生、二時間先生の話をきいていましたのにこのオムツを見て下さい。

少しも小便が漏れていません。

こんなんに乾いているのです。

先生、お陰で治りました

この女の名前は忘れたが、この女を教化部へつれてきた人は、何でも藤原さんという人でありました。

 

こうゆう話を久山夫人は、72歳になるまで45年間膀胱膣漏になやんでいる武田こうたさんにしたのである。

そして、「肉体は心の影なのであるから、貴女が姑や良人や継子をうらんで、それを切りさばく心をもっている限りは治らない。

貴女が切る心をもっているから膀胱が切れてもれるのがとまらぬのだ」とこんこんと諭したのである。

その時こうたさんは、はじめて、まだ心の底に人を憎み斬りさばく心があることを反省し、神想観をはげんで、神想観中に、今まで憎み恨みした全ての人々を赦し、更に逆縁ながら、かくの如き人々のお陰で生長の家にふれさせて頂けることになったのを感謝することにしたのである。

すると、その45年間絶対に止まらなかったその膣漏が止まってしまって今では爽快な楽しい生活を送っていられるというのでありました。

 

このように最初の膣漏から45年、再手術してから15年、その膣と膀胱との穿孔した孔はあいたままで治ってしまっているのであるから、心の働き位でそれが元々通りに癒着するということは、常識では考えられないことだけれども、それが実際に起こったということは、どうゆう理由によるのでしょうか。

神は全能にましますから、出来ぬことはないからです。

否、すでに完全なる人間の姿を与えておられるのに、自分の斬りさばき憎み恨む心が、肉体に影を映して、そのような状態をあらわしていたのだとわかりますと、肉体は影ですから、45年前の影であろうと15年前の影であろうと、心が一瞬の間に変化すれば、忽ち、その穿孔した部分がふさがって、尿が漏れなくなるのも不思議はないのであります。

 

夜が更けました。

今月の通信は取敢えずこれで終わります。

皆様、この真理によって人を救ってあげてください。

人を憎めば憎むだけのことが自分にあらわれて来るとしますと、人を救えば、救っただけのことは自分にあらわれて来るはずであります。

では、御きげんよう。

 

谷口雅春先生著「明窓浄机」戦後篇 昭和20~28年 P213-219より。

管理人注:太字、赤線は管理人による。( )内漢字の読み、注釈も管理人による。

 

管理人注:下写真、谷口雅春先生です。「生長の家」創始者・谷口雅春先生を学ぶ会様のHPよりお借りしました。

 

管理人注:この記事を読まれて、もし感じ入るところございましたら、以下の書籍いずれかで、谷口雅春先生生命の實相哲学をさらに深く理解できます。最初のものは、頭注版『生命の實相』と呼ばれ、全40巻発行済みです。しかし現在新規に発行はされておりません。その次のものは、新しいバージョンで、文字が大きくなり、検索ページが追加されているようです(すみません、頭注版を所有していることもあり、新しい方は読んだことはありません)。新編『生命の實相』と呼ばれております。最終的には、全65巻ほどになり、現在、第28巻まで発行されているようです。内容はどちらも同じであります。

 


生命の実相―頭注版 (第1巻)

 


新編生命の實相 第1巻 総説篇・光明篇


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