永遠に進歩する人となれ。(その2)

2018年3月19日

実は体調を少し崩してしまいまして、毎週末にブログをアップする予定なのですが、先週はお休みさせて頂きました。

あるセミナーに参加して以来どうも風邪気味で、仕事は普通にやり切りましたが、その分週末にどっと疲れがでました。

このようなことはここ数年なかったのですが・・・。

ほぼ良くなったので、今日久しぶりにジムに行って汗を流しました。

軽めの運動ではありましたが、やはり気持ちがいいです。

健康ってありがたいな~(笑)。

 

さて以前お伝えしました、読書会への参加、引き続き一人でも多くの方に参加してもらえればと願っております。

谷口雅春先生の本を読んで、光明思想に溢れた心情で日々新たに、この新年を過ごして参りましょう!

 

来年も引き続きブログ更新して参ります!

今年サイトにお越し下さった皆さん、どうもありがとうございました。

来年も皆さんの心に明るい灯をともし、少しでも充実した人生を送るお手伝いをしていけたらと想っております。

どうぞよろしくお願いします。

 

さて今回は前回の続きです。

どうしても仕事関連の話になりがちなので、違った側面からも想うところをお話したいと思います。

 

 

 

進歩に終わりはない。

 

何を為すにも、”これで完璧、今後はこの状態を維持して行けば良い”、ということはありません。

ですから、”永遠に”という言葉が”進歩”の前に付されている訳ですね。

じゃあもし、”これで、もういいや”、という心境に陥った時はどうなるのでしょうか?

その時から衰退が始まる、と『青年の書』にはあります。

 

これ満足だという自己慢心の境涯に達した瞬間、諸君の進歩は停滞し、改善の見込みはなくなり、腐敗と頽廃との第一歩に入るのである。

「青年の書」P58

 

 

永遠に進歩し続けた人、チャップリン。

 

チャップリンという有名な映画スターを皆さんご存知でしょうか?

私はずーっと以前に彼の映画を観たくらいで詳しくは知りませんが、映画界の歴史において彼の名と作品は燦然と輝いているようです。

 

上画像、チャップリンです。ウィキペディアよりお借りしました。

 

チャップリンを知らない人も、彼がどれだけ凄い映画を作ってきたかは、次の話を聴けば想像できるかと思います。

 

手塚治虫は、生前「どうすれば、人々の記憶に残る漫画が描けるのですか?」という質問に対して「とにかくチャップリンの映画を観ろ。あれにすべての答えがある」と決まって答えている。

また「私の漫画の手法はチャップリンなしに考えられない」と語っており、ヒゲオヤジのキャラクターの足の先が太くしゃんと立てないのはチャップリンの真似であったと明かし、さらに画面のコマを斜めにして、それまでの漫画の常識を壊したのも『黄金狂時代』のラストの真似だったと明かした。

ウィキペディア ”チャールズ・チャップリン”より

 

”漫画の神様”手塚治虫氏をしてこう言わしめるチャップリンの偉大さです。

上画像、手塚治虫さんです。ウィキペディアよりお借り

 

また、彼は徹底した完璧主義者であり、作品作りに決して妥協しなかった、と言われています。

以下、それにまつわるエピソードを一つ紹介しましょう。

 

わずか数秒のシーンを納得のいくまで何百テイクと撮り直したことなどから、業界随一の完璧主義者と呼ばれた。

特に『街の灯』における花売り娘との出会いのシーン(正味3分ほど)では、一年以上にわたって342回ものNGを出した(チャップリンが主演のヴァージニア・チェリルを根本的に好かなかったという理由がある)。

この映画は完成までに534日かかっているが、たった一つの場面だけに368日が費やされている。

ウィキペディア ”チャールズ・チャップリン”より

 

彼が主演者を好きでなかったことにNGが連発された原因の一つがあるようですが、3分のシーンに一年以上を費やすとは尋常ではありません。

作品に対する、彼の強烈な思い入れが伺い知れます。

 

さて、その彼が言った有名な言葉があります。

これこそ正に”永遠に進歩する人”を決定づけていると私は思います。

 

それは、

”私の最高傑作は次に作る作品だ。”

です。

 

どんなに傑作を作ったとしても、それを超える作品を次に作る、という気概。

最高傑作は常に次回作。

すごくかっこいい言葉ですね。

 

大熊良樹先生の光明思想。

 

 

これに類似してという訳でないですが、社会教育家、大熊良樹先生が述べられている言葉も素敵です。

上画像、大熊良樹先生です。いのちを守る親の会のHPよりお借りしました。

 

それは、

”今日は人生最良の日だ。”

です。

 

私たちが日々人生劇場という舞台で主演を演じているとしたら、今日の作品は今までのどの作品よりも最高のものだという気概でしょうか。

そう考えるとチャップリンの考えと似ていますね。

 

以前のブログでも述べましたが、私はこの言葉を日々唱えます。

多少のことではへこたれない勇気と希望を与えてくれます。

 

光明思想を自分の中に根付かせ、確固たるものにするには、”継続”が欠かせません。

気分の乗る日だけやる、ではあまり効果はないのですね。

 

吾々の心の中に光明思想を注ぎ込むのは、恰(あたか)も片栗粉に湯を注ぎこむようなものである。

最初に注いだ湯が効果を現わさないように見えても、弛まず湯を注ぎ込むことを辞めなければ俄然とし最後の一滴の湯で片栗粉は透明になるのである。

谷口雅春先生著「明窓浄机」草創篇 P137

 

管理人注:下写真、谷口雅春先生です。「生長の家」創始者・谷口雅春先生を学ぶ会様のHPよりお借りしました。

 


明窓浄机―草創篇(昭和5~12年) (1979年)

 

永遠に進歩するとは、継続性を伴います。

辞めてしまったら、それまでです。

 

今は結果がでていないかもしれない。

でも、継続しておれば、いずれある時点に到達して劇的な変化を遂げるのです。

上の例で言うと、白い片栗粉が、最後の一滴のお湯により、一気に透明に変わる、その”時点”です。

いくらお湯を注いだところで、全く変化が見られない、いつまでも以前として白いままだとしても、外見にあらわれていないだけで、実はじわじわ変化しているのですね。

それが、ある時、劇的に一気に現象に現れる。

 

こつこつ努力を続けた人と、なんら努力をしてこなかった人を一年後に比べてみてください。

その相違は雲泥の差となって現れてくるはずです。

3か月では現れないかもしれない。

6か月でもまだかもしれない。

これで一年最後の日だ、というその日に忽然現れかもしれない。

 

 

目にみえなくても現象としてまだ現れていないだけで、自分の中で変化・進歩はしている・・・。

それを信じて、いずれ現実化されるその時まで、日々こつこつと努力を続けてゆくこと。

それが永遠に進歩する人の一つの形と言えるでしょう。

 

競争者の出現を喜ぼう。

競争者は自己の能力のあらゆる限りのものをしぼりだしてくれるために大いなる力となってくれるものである。

吾々は競争者を恐れてはならないのである。

また憎んでもならないのである。

『青年の書』P59

 

キーワードは、恐れと憎しみでしょうか。

こいつに負けたら先はない、自分の地位が脅かされる、という恐怖。

そして、こいつさえいなければ、という憎しみ。

どうしてもネガティブな側面に関心が行きがちですが、ポジティブな側面に目を向けてみるとどうでしょう。

 

競争者は自分の力を引き出してくれる。

確かにいろんな苦労を与えてくれるかもしれません。

競争者がいなければ、楽なことは楽でしょう。

しかし、競争者もおらずのんのんと日々を過ごしていたがために、自分の力が劣化してしまっていて、ある日突然、意外な競争者が出現してきて、コテンパンに打ち負かされるかもしれません。

普段から競争者がいるがために、自分の力を振り出さざるおえない状況に置かれているが故に、将来のさらなる競争者に備えているとも言えます。

そう考えると、今の競争者は有難い存在となります(この世の中に生きて行く上で、全く競争のない環境で幸せに生きて行くことはまず無理でしょう)。

 

 

ひとりよがりでいることの危険性

所詮、自分一人だけの世界に浸っていても進歩はありません。

井の中の蛙大海を知らず、ということわざがありますが、井の中をでて、いろんな人と交わって、それらの人々と自分を比べることで自分の欠点が分かることが多々あります。

そんな自分の欠点を大きな度量で認める器量を持つことが必要です。

それによってさらなる自分の成長を計ることができる。

 

もともと競争者より自分があらゆる点で必ず優れていなければならないという考えには賛同できません。

 

人それぞれ利点があり、欠点もある。

そういった観点から、自分が優れている点をさらに伸ばす工夫をし、同時に欠点をできるだけなくして行く努力を自分なりに成し遂げて行くことに意義があります。

そういった観点からみると、競争者の存在は脅威ではないのです。

むしろ、よりよい自分を作って行く上での協力者である、と考えてみれば有難い存在なのです。

 

神の叡智に進歩の源泉を求めよ。

最終的な自己進歩の構想、それは「なおいっそう大なるもの」から受けることです-神の叡智に進歩の源泉を求めること。

 

 

朝起きた時に、そして眠りに入る前に次のように念じます。

 

吾は永遠に進歩の原則なる神より無限に新しいアイディアを受けて常によりよき方法と道とを発見するのである。

吾は進歩である。

吾は改善である。

吾は永遠の向上であり、繁栄である。

『青年の書』P64

 

言葉で念ずることが実現するのです。

このように繰り返し念ずることで、それが呼び水となって、自分の中に宿る無限の力を引き出し、日常の生活思考において忽然と、思いもしなかったような改善のアイディアが湧き出てくることになります。

 

どうぞ良き言葉を常に発して、人生を光明に満ち溢れた幸多きものにして行きましょう!

 

今回の記事作成にあたっては、

谷口雅春先生著『青年の書』第六章「永遠に進歩する人となれ」を参考にさせて頂きました。

 

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クリックしてカスタマー・リビューが読めます。その二つを以下紹介いたします。

すべての生き方に悩んでいる方にぜひ読んでもらいたい、人生最高のテキストである。この本を読んでいるかで、その人の生き方と人生が決まる。内なる声に目覚めれば、未来に自信がわき出て、それからの人生が成功に導かれる。もともと、青年用の書物であるが、幅広い年齢層の人に是非読んでもらいたい。この書をよんで、目前に起こる「奇跡の連続」に驚かざるを得ない。” By 象山さん

 

唯々素晴らしいです。未来へのバイブルであり、心の法則を軸に普遍的真理は永遠であると改めて理解させられました。これを読めばあなたも、わたしも幸福にならざるを得ないこと請け負いです。” By りりぽん推しさん

 

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あなたの人生の中でエポックメイキングとなり得る本なのです。

本当にそうなのか?

一度手にしてご自身でお確かめください。

 

 


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