困難の先に待っているものがある。

2018年3月19日

 

今困難に面している方へ。

 

いろいろな困難の形があります。

私が想像もつかないような困難に面している方もたくさんおられることでしょう。

その困難を乗り越えるには相当の能力、エネルギー、時間を費やすかもしれましません。

あるいは乗り越えることなんてもう考えられない、という状況にあるかもしれません。

ですから簡単に”乗り越える”なんていう言葉を使う気持ちはありませんし、その困難を乗り越える方法はこうですよ、なんて当然言えません。

 

・・・一つ言えること。

それは、それでも生きてさえいれば、時間は経過して行く、ということ。

そして時間の経過とともに訪れる様々な出来事がもしかしたら今の困難の形を変えるかもしれない。

 

そこに希望があるかもしれない。

 

それは一冊の本との出会いかもしれないし、誰かが発した何気ない言葉かもしれないし、一輪の花の美しさかもしれない。

 

 

その困難の先には待っているものがある。

 

少なくとも、今と同じ状況が永久に続く訳ではないはず。

そして、もしかしたら、自分が今体験している困難には何かしら意味があって、その意味が分かる時が後で来るかもしれない。

 

愛するものを失った悲しみという困難。

他人からあらぬいじめ、虐待を受けるという困難。

生まれながらにして重度の障害を持って生まれてくるという困難。

不治の病気に侵されるという困難。

様々な辛い辛い困難・・・。

 

中でも、愛するものを失った悲しみの困難は最も辛いものの一つに違いありません。

 

 

 

こういう話を聴きました。

生まれて間もない赤ちゃんを亡くした母親がいた。

その母親は子供を亡くした悲しみで半狂乱状態にあり、子供を生き返らしてくれとお釈迦様に訴えた。

するとお釈迦様は、言った。

「分かった。

ただし、条件がある。

家々を訪ねて一人も死者をだしたことがない家からからし粒を一粒もらってきなさい。

そうしたら子供を生き返らせてあげよう。」

半狂乱の母親はお釈迦様の言葉を信じて、死んだ赤ちゃんを抱え、からし粒をもらおうと家々を訪ね始めた。

すると尋ねた先々で死んだ赤ちゃんについて尋ねられ、語る度に涙され、同情をもらった。

自分も訪れた先々で起こった家族の不幸を聴き涙した。

どこの家庭でも皆だれか愛する人を失って辛い過去を経ていることが分かった。

そうするうちに、自分に起こった不幸の悲しみを少しづつ受け入れることができるようになってきた・・・。

 

子供を亡くした親の悲しみは想像を絶します。

しかし、それでも尚、その困難を乗り越える可能性はあるのだと、この話を聴いて感じました。

それに比べたら、今の自分の苦しみなんてまだまだだとも思えてきた・・・。

 

上のお釈迦様の話は、大熊良樹先生による、『いのちが喜ぶ話』 第30話 「お釈迦様はスーパーカウンセラー」から引用させて頂きました。

下YOUTUBEでぜひご覧ください。

 

 

困難をどう受け止めるか。

 

人生の幸不幸は外からやってくるものではなくして、外からやってくるものをいかに受けるかにあるのである。

それを感謝して喜びうける者には、苦痛が苦痛でなくなり、困難が困難でなくなり、それをもって自分の魂を磨く研磨剤となし、それが結局、自己を成功さす土台となすことができるのである。

『青年の書』P53

 

興味深い話です。

困難とは、その出来事自体のみで成立するものではなく、それを受け止める人の受け止め方とあわせて成立する。

ある人にとっては到底耐え難い困難も、別の人にとっては自分を鍛え成長させる感謝すべき事態として捉えられる。

全く同じ事態であっても、ある人にとっては起こってほしくないことであり、別の人にとっては起こって欲しいことであり得る。

真逆ですね。

この違いはどこからくるのでしょうか?

 

それは”自信”の有無ではないでしょうか。

自分を信じているかどうか・・・。

「何があっても大丈夫、壊れはしない。」

という自信です。

困難がその人に面して来るのは、その困難によってその人になおいっそう多くの智慧がひきだされるか、なおいっそう大きな力がひきだされるか、なおいっそう多くの愛がひきだされるかの機会として与えられるのである。

ダイヤモンドはその純粋にして硬度の固きものほどそれを磨きだすためになお一層多くの摩擦を必要とするのである。

人格の光も多くの外界との摩擦によって輝くのである。

しかし弱き人格は摩擦によって砕けることもあるであろう。

諸君が真にダイヤモンドかあるいはがらくたの人格であるかを試すのは摩擦によってである。

しかし、人間の本性は「神」であるからがらくたの人格等は本来存在しないのである。

ただ自分をがらくただと信じているもののみがらくたの如く現れるのである。

真に自己の不滅の神性を信ずるものは、摩擦によって、困難によって、その光を増すのである。

『青年の書』P54-55

 

自分で信ずるように事態は展開して行くのです。

できると思えばできるし、ダメだと思ったらダメになる。

 

職場で人間関係に悩んでいるとしましょう。

 

罵倒される、嫌味を言われる、鼻で笑われる、など。

ここで、そういった言動を行う人に左右されない生き方は可能なのでしょうか。

外から何を言われようが、自分自身を信じる気持ちがあれば可能であると私は考えます。

外から何を言われようとも、何物も砕くことができない自分が存在している、という自信です。

 

そういった心持で本当にいられると、今度はそういった苦言を言ってくれる人に感謝の気持ちさえ生まれてきます。

感謝とはちょっと言い過ぎかもしれませんが、“言い方はまずいかもしれないが、客観的に捉えると確かに自分の欠点を指摘してくれてるな、よし、じゃあ直すか”、といった心境になれます。

 

元々、そういった言動をとる人は、なんらかの精神的障害を抱えている気の毒な人でしょう。

その人から発せられた負の言動は、結局それを発した本人のもとへ全て帰ってきます。

そういった言動をとる人の改善が難しいのは、このような負の連鎖に陥っているからです。

罵倒された当人であってもそれに呼応することで、やはり負の言動(想念)を起こし、それが自分の下に返ってくることになりますから、呼応してはいけません。

 

もちろん、誤りは指摘してしかるべきでしょうが、決して感情的になるのではなく冷静に対処する。

そういったことを可能にするのは、先ほど述べましたが、どんな外部要因も自分の心境を侵すことはできない、という自信なのです。

そしてその心境にたどり着くと、罵倒する相手に左右されない、確固たる強い心境を保つことができます。

 

これが環境に左右されない、自分が主人公の生き方ではないでしょうか。

 

すると、不思議なことに、罵倒していた当人が罵倒しなくなります。

それは嫌悪していた相手への感情が消え、むしろ感謝の気持ち(相手の言っていることを肯定して受け止める気持ちですね)が相手に伝わるからです。

自分を感謝してくれる人を罵倒する人はそうそういないでしょう(笑)。

そういった、心の余裕が生まれてきます。

 

これが本当の強者ですね。

 

本当にそんなことが起こるのか?

そんな自分になれるのか?

実際やってみてください。

私の経験上それは事実です。

 

罵倒してくる相手に、自尊心を傷つけられたと感情的に呼応することは、実は結果的に自分で自分の自尊心を傷つけることになっているのです。

真の自尊心とは、繰り返しになりますが、外からのいかなる妨害にも屈することのない自分がある、と信じ尊ぶことですから、何を言われようとも心境的に左右されないこと、それが自尊心を保つことなのですね。

 

今回の記事作成にあたっては、

谷口雅春先生著『青年の書』第五章「困難に面して伸びる精神力」を参考にさせて頂きました。

 

管理人注:下写真、谷口雅春先生です。「生長の家」創始者・谷口雅春先生を学ぶ会様のHPよりお借りしました。

 

↓↓↓クリック↓↓↓

 

クリックしてカスタマー・リビューが読めます。その二つを以下紹介いたします。

すべての生き方に悩んでいる方にぜひ読んでもらいたい、人生最高のテキストである。この本を読んでいるかで、その人の生き方と人生が決まる。内なる声に目覚めれば、未来に自信がわき出て、それからの人生が成功に導かれる。もともと、青年用の書物であるが、幅広い年齢層の人に是非読んでもらいたい。この書をよんで、目前に起こる「奇跡の連続」に驚かざるを得ない。” By 象山さん

 

唯々素晴らしいです。未来へのバイブルであり、心の法則を軸に普遍的真理は永遠であると改めて理解させられました。これを読めばあなたも、わたしも幸福にならざるを得ないこと請け負いです。” By りりぽん推しさん

 

私がブログでこの本を紹介して推奨する理由・・・、察していただけるでしょうか?

あなたの人生の中でエポックメイキングとなり得る本なのです。

本当にそうなのか?

一度手にしてご自身でお確かめください。

 

嫌な仕事を好きにする?

 

さて、ここでどうしても仕事が嫌だ、出社が辛い、という方にその気持ちを軽減させる簡単で具体的な方法をお伝えします。

 

それは30分前に出社することです。

 

出社が嫌なのに、なんでわざわざ早めに行かなければならないのか、それだったら家で30分ゆっくりするよ、と思われるかもしれませんね。

30分早めに行って、別に仕事をしなくてもいいですよ、自分の好きなことをやればいい。

とりあえず、30分早く家を出て、出社して席についておくこと、これを実践してみてください。

これだけで仕事に対する自分の心境がかなり変わってくるはずです。

 

仕事ができる人は必ず早めに出社している。

その事実をまずは知るでしょう。

そして、いままでぎりぎり(出社が嫌なんですからおそらくそうでしょう)で心に余裕がなかったのが、心に余裕がでてくるのを感じるでしょう。

一日のスタートをどういった気持ちで迎えるか、これは結構重要なことです。

 

これをすることで必ず心境に変化が生まれてくるはずです。

うまく行くと、あんなに嫌だった仕事がなんだか楽しくなってきた、ってことにもなります。

ぜひ試してみてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 


PAGE TOP