出世だけが全てじゃない、幸せなサラリーマン生活とは?

2018年4月15日

 

幸せなサラリーマン生活を送っている人なんて本当にいるのだろうか?

出世とは縁遠い、あるいは出生の道が絶たれた人にとっては特に難解に思えることかもしれません。

 

 

しかし表題の件は言わば当然のことであり、皆が皆出世出来る訳でありません、またその必要もありません。

個人の能力、特性は様々であり、物理的にも上に立てる人間は自ずと制限されます。

 

とは言え、サラリーマンとして働いている以上、同僚に対する対抗心、劣等感、優越感等様々な思いが巡ってくるものまた事実です。

そういった感情に振り回される事なく超然とした心境で日々の職場生活を過ごしたいものです。

 

また出世することなしに将来に渡ってどう自尊心を保ち収入をアップさせることができるのか?

サラリーマン生活を始めて10年位経った30代半ばくらいの方にとってはこのようなことを思案し始める頃かなとも思います。

出世競争に振り回されることなく、自分らしさを失わずにサラリーマン生活を送りたい。

その事に関して今回は意見を述べたいとおもいます。

 

職場は人生の主生活場。

サラリーマンにとっては職場が人生の主生活場であるわけで、睡眠時間を8時間、仕事に拘束される時間を10時間と仮定すると、起きて活動する16時間の内の6割以上(10/16)は仕事のために費やしていると言えます。

週末、祝日等あり厳密に言えば違ってきますが、ざっくり言ってサラリーマンは人生の半分は職場で過ごしているようです。

ですから当然その会社、職場でいかに過ごすかが非常に重要になる訳で、人生の幸不幸もそこで半分は決まるといってもいいかと思います。

出世に人生の価値を置きすぎない。

出世することに価値観を置きすぎない、まずはこのことをしっかりと認識すべきです

サラリーマン社会だからこそ大切な心構えです。

 

出世は目的ではなく結果だと考える。

出世を目的としたのではなく精一杯働いた結果、必要に応じて出世(昇進)したと本人が理解していれば、そこには執着がないので自分も周りも物事が極自然に展開して行きます。

逆に出世に執着し、相手を蹴落としでも勝ち取りたいという気持ちになると、そこから様々な悪感情が沸き起こってきます。

これでは出世してもしなくても、いずれにせよ負の反作用が醸成され組織に悪しき波風を立たせることになります。

そういった”種”になりたくないですね。

 

もちろん出世を非難する気はありません。

 

 

それに生き甲斐を感じる人はその想いに従って生きて行けば良いでしょう。

会社を改善したい情熱とアイデアに溢れ、本人にそのキャパシティがあればその実現のために上を目指すのは自然な流れです。

 

しかし本来の正しい目的を決して忘れることのないように。

個人の欲望と出世の結果は必ずしもリンクしないし、会社の発展にベストな状況の結果処置にいずれ落ち着くはずです。

あまりにもいびつな現象は自然淘汰され、結局会社にとっても個人にとっても不幸せな結果を招くだけです。

 

 出世は人生の報酬の一つに過ぎない。

そもそも出世しなくてもそれが何でしょう。

出世は数ある多くの人生の報酬の中の一つにすぎません。

 

中には出世を拒んで家族の幸せを優先させる人もいるし、仕事の後に地域の子供達にスポーツを教えることを選択する人もいます。

 

 

別に出世に敗れたのでは無く、出世以外の他の事項を優先したに過ぎません。

 

先に述べたように、上に行ける人は限られています。

そこに一番適した人が行けば良い、そして各々が自分に与えられたポジションで精一杯自分に与えられた仕事を(会社のものに限らず色々な仕事)をこなして行けば良いのです。

 

出世出来なくても充実した心境で仕事をできる人こそ会社にとっては貴重な存在であると知るべきです。

またそういった振る舞いが自然に出来る人こそ人格者であり、目には見えない精神的な成長(出世)を遂げた人でありましょう。

 

以前勤めていた会社で数億円の機械を出荷するのに、たった数百円の部品がないがために出荷できなかったことがあります。

高価な部品だけが重要なわけではなく、どれが一つでも欠けると全てがアウトになります。

会社の人財もかくのごとくではないでしょうか?

 

出世するということは、上にたって人を引っ張って行く、いわゆるリーダーになるということですから、その能力に長けた人がなればいいのです。

その業務性格上大きな責任を伴い、その決断結果によっては進退を問われることもあるでしょうから報酬ははずむでしょう。

それはその人のその素晴らしさを素直に認めればいいだけのことで、自分それとを比較する意味はないですね。

 

 

 

出世とは別のモチベーションを保つ。

一つの問題としてお金があるかと思います。

お金を稼ぐためには出世しなければならない。

 

 

これは事実です。

上に行けば行くほど多くの収入を得ることができますから。

 

しかし、そればっかりがお金を稼ぐ手段ではありません。

まあ、人によっては副業で稼ごう、あるいはすでに副業が本業の収入を上回っている人もたくさんいるでしょうが、本業でも出世することなしにそこそこの収入は得られます。

 

私の数少ない経験からですが、特別な知識や経験を持っている人はたとえ所謂平社員であってもそれなりの収入が得られるようです。

例えば資格を持っている専門職、その道のエキスパートですね。

医者、弁護士、会計士、研究者などでしょうか。

 

私自信、CPA(米国公認会計士)の免許を持っておりますが、それによる信頼度アップ、報酬増は確実にあると認識しております。

それを保持していることがその人の市場価値がある一定のレベルにあるということを保証します。

またそれに経験、実績が加わることで価値をさらに確固たるものにしてくれます。

そういった資格を有することで自分の存在価値を自他共に認識することに繋がり、自尊心を保つという点でも大きな効果があります。

出生に煩わせられることなく、幸せなサラリーマン生活を送る一つの鍵はここにあるかと思います。

 

最終的には本当に好きなことを見つけること。

とはいえ、資格を有したとしても本当に自分が好きなことでないとあまり意味がありません。

資格は役立って何ぼのものですから。

会社の方も、その人が有する資格にお金を払うわけではなくあくまでも結果・業績に対して支払うわけですから。

 

ですから、結局は本当に自分が好きなことを見つけてそれを仕事にすることが幸せなサラリーマン生活の極意になるかと思います。

 

管理人注:じゃあ、自分が好きなことが仕事でないと不幸なのか、というもちろんそんなことはありません。会社に縛られない生き方を実現する方法、以下”研究室より”の記事を参照ください。

 

いたってシンプルです。

自分の魂が喜ぶことができれば、出世なんて関係ないってことですね。

 

資格を取るにしてもこの点をまず十分に考慮した上でチャレンジしましょう。

それが大きな資格であればあるほどなお更です。

またいずれはサラリーマンを脱する、起業するという道にも繋がるかもしれませんし。

 

自分が魂から喜べることは何か?

以下の記事も参考までに合わせてご覧ください。

自分が本当にやりたいこと、見つけられずに悩んでいますか?

他人と比較することはもうやめたい、最良の自分を目指そう。

追記:広告の下に研究室よりの記事追加しました。

 

 

研究室より

理屈では分かっていても心がついて行かない、ってことがあります。

また、どうしても気力が沸いてこない、ってこともあります。

仕事がらみ、職場がらみの悩みは尽きません。

このブログでも紹介しているように、私も以前に経験したことです。

本当に辛い・・・。

 

このブログでは、そういった悩みを抱える人たちの精神的支えとなり、できればその高揚を実現させたい。

 

 

ただ何となく読むだけでも、このブログの内容が心に染みて、いつの間にか元気がでてきた、そんなブログでありたい。

 

実際にその効用があるはずだ、そう私は信じて書いてます。

ポジティブ効果満載のブログですから。

 

さて、会社に縛られない生き方を実現する、ということで以下の記事をアップしました。

KEYワードは書斎です。

ぜひ読んでみてください。

書斎とはライフスタイル、会社に縛られない生き方・自分自身の生活はそこにある!

その後およそ20年に及ぶアメリカでのサラリーマン生活経験から得た解雇されない社員とは、さらに進んで会社が欲しい、キープしたい人材とは何かについて述べた記事もアップしました。

解雇されない人になる、いやさらには、会社が欲しい人材になる3つの要素。

 

追記:最後に私自身のことについて少しお話します。

私は肩書上、所謂平社員です。

以前は漠然とこう思っていました。

”この歳でせめて課長位にはなってないとなあ・・・。”

この”出世”へのコンプレックスがずーっと心の中にあったのですね。

・・・でもね、そんな想いは”糞くらえ”なんです。

そんな俗世間的思想の型に自分をはめて、本来の自分らしさを忘れてはだめなんです。

それは”逃げ”とは違います。

それが本当に自分のやりたいこと、人生で到達したいことなのか?

本当は上に立つことで、自分はそれなりに偉いんだみたいな、ちょとした権威が欲しいだけじゃないのか?

いわゆる”見栄”、あるいは、”エゴ”ですね。

そこに苦しみを感じていたのです。

 

出世は数ある人生の報酬の中の一つに過ぎないのだよ。

それが全てではなく、他にもたくさん人生の報酬はあるのだよ。

 

そう思った時に吹っ切れましたね。

もう伸び伸びと仕事ができるようになりました。

失敗それがなんだ、不安それでいいんだ。

最終的には全てうまく行くんだ。

こんな風に考えることもできるようになりました。

 

その後、諸事情を経て、転職することになりました。

その旨を伝えると、有難いことに会社から引き止めに会い、昇進及び給料アップの話を受けました。

給料の方も、転職先よりかなり上乗せしてきた・・・。

それまでにいろん背景があり、正直、何を今さらと実は思ったのですが・・・。

ちょっと心がぐらつきましたが、結局、断り転職しました。

新しい所へ行け!という啓示、声なき声を聴いた気がしたのです。

 

いろんなことがあり、本当ずいぶんと苦労しましたが、新しい経験、安定した収入、貴重な出会い等、今はやはり転職して正解だった、と思います。

 

それでも時に思うことがあります・・・。

あの時受けていたらどうなっていただろう・・・。

”スーパーバイザー(監督者)”である自分だったらどうなっていたんだろう、なんて・・・。

 

・・・いや、今こうして毎日伸び伸びと生活できていることが何よりの幸せじゃないか。

きっと良かったんだと思います。

 

もう一度、言わせて下ださい。

 

出世とは数ある多くの人生の報酬の中の一つに過ぎない。

 

自分を苦しめてまで、病を患うほどまでに、そこに固執し苦悩する必要がどこにあるでしょうか?

 

自分に代わって昇進した人を素直に賛美し、つまらない見栄やエゴから自分を解放して気楽に生きましょう。

 

 

人生、出生するも良し、しないも、また良しです。

 

出生に固執することなく、自由な心で己の人生を歩んで参りましょう。

一番大切なことは、棺桶に入る時に、”ああ、いい人生だった”、と思えることですから・・・。

 

仕事, 出世出世

Posted by HAL


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